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稲城市の新型コロナ陽性者の分析について(2回目) [まちのできごと]

 1月13日に「稲城市の新型コロナ陽性者の分析」を投稿しました。ちょうど2週間が経過しましたので、それ以降の情報をつけ加えてグラフ化してみました。
 なお、最新の稲城市民の療養者の状況は以下の表の通りとなっています。自宅療養と調整中の人が多くなっているのは、都内全体の状況と連動しているのではないでしょうか。
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1.概要
 稲城市のホームページで公開されている「稲城市内における陽性患者の状況」のデータについて、過去データも含めてすべてエクセルに変換にして使用する。2020年4月~2021年1月24日報告までの総数300人分。

2.内容
(1)月別
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 ついに1月の報告分が130人を超えました。総数300人のうち、約半数が1月に集中しています。1月といっても集計が週単位なので、実際には1月4日から24日の21日間で136人が発症しているので、1日7人弱となっています。1月に急激に増加している実態が分かります。

(2)年代別
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 年代別では20~30歳代と40~50歳代が全体の7割を占めています。11月以降に発症した人だけを抜き出しても、傾向は変わりません。やなり、いわゆる「若者世代」「現役世代」が中心となっているのではないでしょうか。

(3)症状
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 症状は無症状と軽症の人が6割となっています。11月以降に発症した人では若干、軽傷の人が多くなっています。ただ、重症の人は全員60歳以上となっていますので、高齢者が発生すると重症化する可能性が高いことがここでも示されています。

(4)入院状況
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 入院状況は不明が多くなっています。最初の段階では「調整中」となった人が不明扱いとなっていると思われるので、入院するにしても自宅療養をするにしてもすぐには決まらない実態があると思われます。

3.感想
 緊急事態宣言が出されましたが、東京全体でも1日当り千人を超える陽性者数となっている状況が続いています。現在、稲城市内においてクラスターが発生したという情報はありません。そして、陽性となった方の多くが20代~50歳代で、無症状や軽傷でした。積極的なPCR検査による把握と保護、家庭内感染の予防などが求められるのではないでしょうか。国、都、そして稲城市による引き続きの対策を求めていきます。
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「値上げ問題を考える市民説明会」に参加しました [まちのできごと]

 1月25日(土)に、「値上げ問題を考える市民の会」主催の「このまま進めていいのでしょうか?使用料・利用料の一斉値上げ市民説明会」に参加をしてきました。
 これは、すでに様々な形で問題になっている稲城市が4月から行おうとしている「使用料・利用料の見直し」という名目の一斉値上げについて、その理由や内容等について市長や議員に対して説明をしてほしいと要請をして開かれたものです。本来であれば、市長が率先して説明会を行って市民の疑問や意見に答えるべきだと私は考えますが、市長は「説明会の予定はない」ということのようなので、市民有志の皆さんがわざわざ手間暇をかけて説明会を開催されました。
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※当日配布された市の財政状況についての資料(市民の会作成)

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※当日配布されたゴミ袋値上げについての資料(市民の会作成)

 市長とすべての市議会議員に案内を送ったとのことですが、結果として参加をしたのは私たち日本共産党稲城市議団3人(山岸・岡田・田島)と市民クラブ4人(あらい・村上・武田・いそむら)の7人の市議会議員でした。参加されなかった市長や議員にはそれぞれの考えがあると思いますが、せっかく市民有志の皆さんが準備をしてくれた説明会なのだから参加してもよかったのではないかと思います。また、市長は今回の値上げの責任者なのだから、市長主催の説明会を行うくらいの姿勢が必要ではないでしょうか。
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※主催者あいさつをされる会の代表(左)と7人の議員(右)

 当日は土曜日の夜という時間にも関わらず、会場いっぱいの150人近い市民の皆さんが参加をされて、大変熱心なやり取りがされました。前半は参加した各議員がそれぞれの内容について報告説明をして、それを受けて参加された皆さんから質問や意見が出されました。
 出された質問や意見で書き留めた主な物は以下の通りでした。

・「算定基準の詳細」は市のホームページに載っているあるがどの程度の内容なのか?
・私は「丁寧に説明」してもらったという気がしていない、これはどうすればいいのか?
・市長や行政にどうすれば疑問や意見を届けることができるのか?
・今のまま値上げを進めさせていいとは思えない。私は疑問があれば市に対して文書で質問して、文書で回答をもらうようにしている。
・ゴミ袋の値上げについて地元の議員に「これは大変なことではないか」と言ったら、「このくらいはたいした事ではない」と言われた。とても憤っている。
・今回の値上げの問題や市長のひどい進め方について多くの市民が知らされていないと思う。もっと市民に知らせないといけないと思う。

 その他にも様々な質問や意見が出されました。総じて、皆さんの声は「今の進め方は納得ができない」「広報だけ配って、あとはホームページを見ろでは乱暴すぎる」「こういった市民の声をもっと市長や議員は知るべき」というものでした。
 参加された多くの皆さんが真面目に考えられていることがよくわかりました。やはり、政治は市役所や市議会の中だけで作られるのではなく市民の生活の中から作られますし、政策は市長や議員だけで作るのではなく市民の声とともに作っていくことが求められるのではないでしょうか。
 値上げ問題については3月議会に出される来年度予算にも大きく関わってきます。これからもこの問題について、市民の皆さんと一緒に取り組んでいきたいと思います。

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2019年台風19号の稲城市の状況について [まちのできごと]

 2019年10月12日に関東・甲信越・東日本に大きな被害をもたらした台風19号について、稲城市の被災状況や市の対応について徐々に明らかになってきました。
 10月15日に市より全体的な状況が報告されたので、その内容を掲載します。

【雨量・風速・警報発令等】
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 雨量については、最大で400ミリを超えるのではないかと言われていましたが、前日の11日からの総雨量は266ミリとのことでした。最大風速は市内の最大風速は30メートルとのことでした。
 多摩川の最高水位は6メートルで、氾濫危険水域の目安が5.2メートルとのことだったので、それを超えた状況でした。

【避難所・災害発生状況】
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 避難所については、21カ所に避難所に最大で3千人を超える市民が避難をされたとのことでした。これだけの人が避難所に避難をしたのは初めてとのことです。
 避難所の状況については、実際に避難をされた方から様々な声をも聞いています。情報を整理しながら、12月議会の一般質問などで課題や教訓を明らかにしていきたいと思います。
 災害については、数件の土砂災害が起きたようでした。市内最も大きかったのが、武蔵野南線で土砂崩れが起きて線路をふさいでしまったとのことです。
 幸いながら多摩川や三沢川の越水や氾濫の被害はありませんでしたが、下流の川崎市などでは大きな浸水被害が起きています。水害の防ぐ手立てや被害を少なくする方法についても、今後の検討が必要ではないでしょうか。この点についても、引き続き議会質問などで取り上げていきたいと思います。
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駅の駐輪場が増設されます。 [まちのできごと]

 この間、自転車利用者の増加で駐輪スペースの不足が顕著になっていた南武線矢野口駅と南多摩駅の駐輪場が増設をされます。両駅とも新たに150台分の駐輪スペースを増やすことになり、既に工事が始まっています。南多摩駅は7月1日に、矢野口駅は7月20日に工事完了予定です。
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 日本共産党市議団は、市民からの「駐輪スペースが足りない」という声を受けて、平成29年度予算要望項目として市に要望したり、岡田議員が昨年の12月議会一般質問で対応を求めたりしてきました。市も「駐車台数の増加のための対応が必要」と答え、駐輪場の増設がされることになりました。これからも引き続き、駅利用者の方の利便性向上を求めていきます。
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読売ジャイアンツファーム球場の建設について [まちのできごと]

 10月24日に、読売ジャイアンツが南山区画整理事業の区域内に、ファーム(2軍)専用球場を建設することを発表しました。
 ファーム球場はスタジアムだけではなく、商業施設なども併設をする巨大な施設がつくられます。スポーツ交流施設が増えることはスポーツ文化の促進のためにも役割を果たしてもらえます。しかし今回の建設予定地は、現在斜面の採掘作業が進められている根方谷戸・ランド坂の高盛土地帯の最上部にあたります。
 決して手放しで喜べる場所ではありません。そこで、今回の読売ジャイアンツファーム球場の建設について、公式発表されている資料を基にご紹介します。(読売ジャイアンツのホームページの資料はこちら
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※球場建設を報じる10月25日付読売新聞

【球場の大きさ】
 読売ジャイアンツが取得する面積は約4万2千平方メートルとなっていて、ほぼ東京ドームと同じ大きさです。
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※ジャイアンツのホームページに公開されている球場の建設予定図
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【建設場所】
 現在の根方谷戸の上部です。京王線よみうりランド駅から坂を上った、京王グランドマンションのほぼ真上となっています。
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※公表されている情報を基に、現在の地図の上に建設予定図を重ね合わせた図

【建設期間】
 建設着工は2021年3月末、完成は2023年3月末となっています。

【現在の土地の状況】
 根方谷戸として奥深い里山になっています。今後はこの里山をすべて削って、ランド坂と一緒に土砂で埋め立てて巨大な盛土造成地が作られます。
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※工事開始前の根方谷戸の上部
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※2016年8月現在の斜面が削られた根方谷戸

【根方谷戸盛土造成地の特徴】
 盛土内に雨水や地下水が浸み込むと地盤が緩み、将来的な地滑りが起きる可能性があるために、盛土内に水が無い事が前提の工事になっています。土地の利用についても、基礎工事で深く杭を打つと排水溝などを傷つけてしまうので、杭の長さが決められているなど様々な制限を受けている土地です。
(詳細は、9月議会一般質問の報告③をご参照ください)

今後の取り組みについて
 スポーツ施設が増えることは大いに重要なことです。しかし、今回の球場建設の予定地は、根方谷戸の盛土造成地という「危険な土地」として様々指摘をされてきた場所です。通常の住宅地になるのではなく、球場という
巨大な建築物ができることになり、様々な懸念が生じます。今後も土地利用の安全性、将来にわたっての安心の確保について議会内外で求めていきます。
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稲城市「陸軍多摩火工廠」フィールドワーク調査の報告 [まちのできごと]

 3月21日に「稲城の里山と史跡を守る会(通称・里山の会)」と「文化財保存全国協議会関東委員会(通称・全文連)」の共催による、多摩サービス補助施設内の「陸軍多摩火工廠」跡のフィールドワーク調査を行いました。とても刺激的で楽しいフィールドワークでした。その一部を報告いたします。

1.多摩サービス補助施設とは?
 多摩サービス補助施設は稲城市の北西に位置する、在日米軍横田基地の付属施設です。敷地の多くが稲城市ですが、一部は多摩市にもまたがって位置しています。面積は約2K㎡で稲城市の総面積の約1割を占めており、立川にある昭和記念公園よりも広い敷地を有しています。
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※稲城市の地図
 戦後GHQによって占領をされた都内の土地や建物の多くは返還をされてきましたが、多摩サービス補助施設はその中でも数少ない都内に残っている米軍の占領施設になっています。その役割は、横田基地に所属する軍人及び家族のレクリエーション施設であり、アウトドアやゴルフ、乗馬(!)などを行うことができます。 結果的には手つかずの自然がそのまま残されていて、里山の雑木林や市内ではほとんど見かけなくなった山草などを多く見ることができました。
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 米軍施設ですので、出入りできるのは米軍関係者のみに限られています。以前(数十年前)はかなり自由に出入りができたようですが、今では年に一回稲城市が主催する開放日のお祭り以外では、市民といえどもほとんど出入りすることはできない施設です。
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※施設内の遊歩道
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※当日見つけた山草

2.陸軍多摩火工廠とは?
 工廠(こうしょう)とは、「軍隊直属の軍需工場のことで、武器・弾薬をはじめとする軍需品を開発・製造・修理・貯蔵・支給するための施設」(ウィキペディア)です。多摩火工廠は陸軍の火薬製造所でした。板橋にあった造兵廠火工廠板橋製造所で作られた原料を火薬に加工して形を整えたり、袋に詰めたりする作業が行われました。できた物は相模の補給廠に送られて、砲弾や爆弾などに最終加工されて戦場に送られました。日中戦争が始まる盧溝橋事件(1937年7月)と同じ年の5月に計画されて翌年に開所、終戦までの8年間にわたって稼働して最終版では従業員数は2千人を超えていました。
 この施設は稲城市の歴史やまちづくりにとっても大きな位置を占めています。稲城が選ばれた理由は諸説ありますが、板橋の工場から原料を運び入れて相模の補給廠に加工品を送るための中間地点としての要素と、川が近くにあり砂利や水を大量に供給することができて、なおかつ危険物を扱うための人里離れた山林地帯であることが大きな理由であったと考えられます。施設を作るにあたっては、当時の地主の人たちから強制的に二束三文で土地が徴収されたために、終戦後も地域からは「怨嗟の声を聞く」と稲城市史にも書かれています。そして、この火工廠内にあった陸軍病院が戦後はそのまま残り、現在の稲城市立病院の原型になりました。また、当時の従業員の人たちの宿舎があった場所は、戦後は満州などからの引上げ者の住まいになり、現在は大丸都営アパートの団地群となっています。
 戦後は、この施設ごとGHQが接収をして、一時は弾薬庫として弾薬の保存庫として使用されていました。ベトナム戦争時には傷病兵の野戦病院にする計画が持ち上がり、市内をあげての大反対運動が起きたこともありました。

3.今回のフィールドワーク調査の経過
 前述のように、多摩サービス補助施設は米軍施設であり、立入は厳しく制限をされています。しかし同時に、都内でも数少ない大日本帝国陸軍の施設が現存をしている場所でもあります。この間、全文連の皆さんが全国にある戦争遺跡の調査や保存を続けられていく中で、この陸軍多摩火工廠についても調査をしたいとの要望が出されました。そこで、里山の会との共催でフィールドワーク調査を行うこととなりました。
 しかし、調査を開始するまでが一苦労でした。稲城市のホームページでは多摩サービス補助施設はについて、「横田基地より、多摩サービス補助施設については、米軍兵のレクリエーション施設であるため、一般の方の利用はできないとのことです。」という一文が載っているのみで、ほとんど関与できないという姿勢です。里山の会の方が市の直接相談に行ったら「横田基地の管轄などでどうしようもない」とにべもなく言われて、その方は「稲城市は多摩火工廠の価値や意義についてについて本当に分かっているのか?」と大変失望をされていました。
 こういった経過について私も相談を受けたので、それでは議会で取り上げようと考えて2015年の12月議会の一般質問で「多摩火工廠の歴史的・教育的価値について」というテーマで質問をしました。(詳細は12月9日付記事「稲城市議会12月議会一般質問の報告③~海外姉妹都市検討会議と多摩サービス補助施設について~」参照) 結果的に、この一般質問を行った数日後に里山の会の代表者に稲城市から「純粋な学術研究として中に入れるように横田基地と交渉をするのでしばらく待ってほしい」と連絡が入り、フィールドワーク調査を実現することができました。稲城市や横田基地が主催をする行事以外で、こういったフィールドワーク調査がされるのは本当に異例のことです。そういう意味では、私の議会での発言もフィールドワーク実現の一助になれたかと思うと大変感慨深いものがあります。

4.フィールドワーク調査の概要
 今回の調査は多摩サービス補助施設の外周に沿いながら、現存している火工廠当時の建物や施設の多くを見ることができました。火工廠は第1工場から第3工場まで作られました。なお、終戦直前に第4工場が作られたようですが、公式の地図には載っていません。
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※火工廠の全体図
 原料を加工して火薬にしたり、できた火薬を保管したりするために、それぞれの工場や建物は自然の崖や人工の土塁によって区切られています。特に危険物を扱う作業場などは、崖地をそのまま残してトンネルだけで出入りをするようになっています。
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※トンネルの奥が火薬を取り扱う作業場
 建物で多く残っているのが、全面コンクリート製の半地下式倉庫です。運ばれてきた火薬の原料や完成した火薬を保管するのにつかわれていました。自然の起伏をそのまま使って、崖をくりぬいてその中をコンクリートで固めています。高さ、幅、奥行きとも大きく作られており、資料上では全部で7つ確認をされています。扉も鉄製でなくなっている物、残っている物、残っているが腐食でボロボロになっている物など様々でした。多くは運搬の関係で大きな通りに面して作られていてそのままの形で残っていたのですが、1つの物は雑木林の奥に在り草木に覆われていました。
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※半地下式倉庫1
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※半地下式倉庫2
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※半地下式倉庫3
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※半地下式倉庫4
 もう一つ建物で残っているのが、当時は事務室や火薬以外の倉庫として使われていた木造やモルタルの建物です。初期の物は作られて80年近くが経過をして、多くが取り壊されてしまいました。しかし、今回のフィールドワークでは数少ない木造・モルタルの建物を見ることができました。屋根は米軍が葺き替えているようですが、壁などは当時のままです。中も倉庫として使われています。ただ、これらの建物もだいぶ傷んでおり、特に木造の建物は「土台が腐ってきている」とのことで、なんらかの保存対策をしないと近いうちにこれらの建物は完全になくなってしまう状況でした。
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※木造倉庫とモルタル建物
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※木造倉庫
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※木造倉庫の中
 倉庫以外の建物で特徴的に残っているのが、エレベーターと階段が一体になった施設です。火工廠全体が山の起伏を利用して作られたために、大きな高低差があちこちにあります。これらを解消するために、荷物用エレベーターが作られました。資料上では3カ所が確認されており、今回は2カ所を見ることができました。パッと見ると縦長のトンネルに見えるのですが、中に入ると竪穴がありエレベーターのシャフトになっています。荷物はエレベーターを、人間は脇の解団を使って上下するようになっています。よく考えれば当然の措置なのですが、周りは木と草しかない里山の中にエレベーターという近代的な機械が設置をされていたことに驚きました。
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※切込みの下にあるエレベーター
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※草木におおわれたエレベーター
 大きな建物以外にも火工廠のなごりが敷地内のあちこちに残っています。陸軍の星マークが入った消火栓苔におおわれた入浴施設の基礎部分崖崩れを防ぐ土塁大型ボイラーと煙突など、本当に様々な物が当時のまま見ることができました。
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※星のマークの入った消化器
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※入浴施設の土台跡
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※当時のままの土塁
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※大型ボイラーと煙突

5.多摩火工廠のこれから
 今回の見学会で感じたのは、やはり多摩火工廠の遺構は1級の戦争遺跡・歴史遺産であり、稲城市の重要な文化財であり、貴重な学習教材であるということです。私も議会で質問をするために資料を読んだり、写真を見たりして一定の勉強をしましたが、やはり実物を見ると受け止めが全く変わってきます。山の起伏をそのまま使って施設を配置していることや、崖やトンネルで危険な施設を隔離していること、こういった施設を作るのに膨大な人員が必要であったことなど、まさに軍事施設として作られて使われていたことがよくわかります。
 これだけ貴重な遺構を一部の米軍関係者しか見ることができず、市民はほとんど知らされていないというのは本当に残念です。今回のフィールドワークも多くの方が参加を希望したのですが、横田基地からは「40人まで」という制限がつき、申し込んだ方の半分以上をお断りすることになってしまいました。
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※サービス補助施設の入り口の警告看板
 議会の質問でも「市として積極的に調査、保存に取り組む」ことを指摘しましたが、さらに付け加えるのなら「市民への公開」をすぐにでも行うべきです。根本的には多摩サービス補助施設を日本に返還させることが一番の解決ですが、それをまたずに市民への定期的な公開小中学校での歴史教育としての見学学習を実施すべきです。稲城市は「米軍施設などで市ではどうしようもありません」ということではなく、市の歴史にも大きな影響を与えている施設であるとして必要な交渉をすべきであると、改めて深く感じました。今回のフィールドワーク調査で得たものを今後の議会活動にいかしていき、何としても市民への積極的な公開につなげられるようにするためにも多くの皆さんと力を合わせていく決意を新たにして、今回の報告とします。

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中学校の教科書採択がされました [まちのできごと]

 本日、教育委員会が開かれ、2016年~2019年まで中学校で使用される教科書が採択されて決定しました。
 それぞれの教科毎の教科書は次の通りです。
国語   光村図書出版
書写   東京書籍
社会地理 帝国書院
社会歴史 東京書籍
社会公民 帝国書院
社会地図 帝国書院
数学   東京書籍
理科   学校図書
音楽一般 教育芸術社
音楽器楽 教育芸術社
美術   光村出版
保健体育 学研教育
技術   東京書籍
家庭   東京書籍
英語   三省堂

 5月12日付記事「憲法の理念に基づく教科書採択を」で紹介したように、「歴史」と「公民」の教科書をどの出版社の物にするのかが社会的にも関心を集めていました。傍聴者も20人の定員に60人の希望者が集まり、新聞記者による取材も来ておりました。

 教育委員による投票では、「歴史」は【東京書籍3票、育鵬社1票、他1票】、公民は【帝国書院5票】でした。投票前の質疑では、「世界史も含めて、全般的に通史で学べるものがよい」「世界の動きと合わせて学べる内容にすべき」「学校指導要領で『竹島』や『尖閣諸島』について学ぶようになった、歴史の教科書でもその点について触れた教科書が重要」等の意見が出されました。

 採択後の教育長のまとめの挨拶では、「教科書採択について、市民の関心が高いことがわかりました。生徒には正しい歴史や事実を伝えることが大切であり、過去のあやまちは反省し謝罪する必要があります。正しい歴史を知ることで国際的にも豊かな教養を身につけることができると思います。多くの皆さんのご協力で教科書採択がなされたことに感謝します。」と思いがけず前向きな言葉が話されて、多くの市民の声が反映をされた採択となったのではないでしょうか。

 今後は、今回の教科書採択に関して改善した方がいいと思われる内容をまとめて、議会での一般質問等を通じて改善を求めていきたいと思います。
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「アベ政治を許さない」宣伝をしました [まちのできごと]

数日前ですが、作家の澤地久枝さんが呼びかけをされた「アベ政治を許さない」全国一斉宣伝行動を、7月18日に稲城市でも行いました。
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この日に向けて、日本共産党稲城市議団、市民自治を前進させる会、稲城9条の会、他にも様々な団体や個人が呼びかけ人になって「戦争いらない!いなぎ市民有志の会」を立ち上げて、有志の会としての宣伝行動となりました。
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ポスターを持って呼びかけをする人、署名をお願いする人、チラシを配る人、集まったみなさんがそれぞれ得意分野をいかして宣伝に参加をしました。
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マイクの宣伝も議員だけが話をするのではなく、みんなでリレートーク形式で訴えました。
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最終的に宣伝参加者40人で行い、チラシを300枚配布して、署名が100筆集まりました。
署名にはお子さん連れのご家族や学生さんなど、多くの人が自分から進んで署名をしてくれました。
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市民有志の会では今後も市内で宣伝を継続しながら、会の趣旨に賛同をしてれる賛同人を募集して、最終的には賛同人を掲載したアピールチラシを作成して行く予定です。
当面の宣伝予定は以下の通りです。
ぜひ、多くの皆さんのご参加をお待ちしています!
7月25日(土)11時~12時 矢野口アメリア前宣伝
7月30日(木)16時~17時 東長沼グルメシティー前宣伝
8月2日(日) 15時~16時 向陽台三和前宣伝
8月4日(火) 17時~18時 京王線稲城駅前宣伝
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いなぎ森フェスに参加しました [まちのできごと]

本日は、2回目の開催となる「いなぎ森フェス2015」に子どもと2人で参加をしてきました。
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フェスの会場となっている「いなぎめぐみの里山」はNPO法人「いなぎ里山グリーンワーク」のみなさんが雑木林を手入れしたり、畑を整備をしたりしている場所です。
子どもの保育園の畑もここにあり、私よりも子どもの方がよく知っている場所です。
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立派な生垣アーチの入り口をくぐると里山そのものが会場となっていて、坂をよじ登りながら移動をしていて、なんだか久しぶりに土と葉っぱの感触を感じることができました。
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ライブステージも林の中をそのまま使って、木と葉っぱと木漏れ日に囲まれたステージとなっています。
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アスレチックコーナーでは、枝にロープを張っただけの昔ながらのブランコがあり、子どもたちの順番待ちができていました。(なぜか我が子のお気に入りになり、けっきょく3回も並び直しながらブランコをしました)
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林の中を抜けていくと里山の上の方に出て、稲城市の南側に広がる南山丘陵の一帯を見渡すことができました。
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現在、南山は稲城駅の東側部分は開発区域として山が切り崩されています。
ですので、この南山西部の一帯は稲城の中でも貴重な里山が残っている地域となっています。
今回の森フェスに参加をして、私が子どもの頃によく遊んだ里山の風景を思い出すことができました。
たくさんの家族連れの方が参加をしていたことからも、この里山がみなさんに愛されていることがとてもよくわかります。
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貴重な稲城の里山を守っていくことの大事さを感じることのできたお祭りとなりました。
さまざまな準備をされてきたスタッフの皆さん、大変お疲れ様でした!
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市立南山小学校内覧会に参加しました [まちのできごと]

4月6日に開校する、稲城市としては12番目になる「市立南山小学校」の内覧会に参加をしてきました。

カラフルだけど落ち着いた雰囲気の建物で、通うのが楽しみになりそうな校舎でした。
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図書館も1階の玄関そばにあり、開放的なつくりになっていました。
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校舎はとてもすばらしいのですが、行って見て感じたのは「とにかく遠い」ということです。
市の広報では最寄りの稲城駅から徒歩20分とのことでした。
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しかし、私が駅から歩いて上がりましたが、ゆうに30分近くはかかりました。
しかも、南山の上の方なのでひたすら登り坂です。
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まさしく坂を登って、ようやく校舎まで辿りつけました。
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しかもこの地域は宅地造成の真っ最中で、児童が登校する道の両側は重機がそのまま置かれている工事現場です。
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ちなみに、唯一の登校用道路の入り口には「関係者以外立ち入り禁止」の看板が・・・。
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こういう場所に毎日、子どもたちを登校させていいだろうかと、とても疑問に思います。

もうひとつ、もっとも大きな課題は生徒数です。
明日の入学式で入学する児童数は18名とのことです。
もっとも多いのは1年生が10数名で、残りの学年は一ケタ、ある学年では1人だけという状況です。
せっかく新しい大きな校舎ができたのに、同じ学年に友達がいない児童の事を思うと胸が痛みます。

南山小学校の建設については、「南山地域の開発」がまずあって、いわゆる「開発のための開発」のような状況になっています。
実際にまだ家もたっていないのに、開発優先で物事を進めたためにこのような矛盾した状況が起きるのではないでしょうか。
教育施設が充実していくことは大変喜ばしいことですが、なによりもそこに通う子どもたちのために何が必要なのかを考えて計画をする必要があります。
さまざまな事を考えさせられた内覧会となりました。
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